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江戸川柳の楽しみ
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私が江戸川柳に興味を持ったのは、旧制山形高校卒の駒田信二氏(11回?)の著書「艶笑動物事典」がきっかけです。駒田氏は中国文学者として有名ですが、江戸文化にも造詣が深く「植物事典」「人名辞典」とともに艶笑三部作をなす本書にもその知識が溢れています。
題名に艶笑を冠していますので、紹介される川柳は破礼句といわれる下ネタを扱った句がほとんどで、今年の干支でいえば「馬並み」の句などが含まれます。三部作全て絶版ですが、古本市場では安定して入手可能なようですので、興味のある方は探してみてください。
加齢とともに破礼句にも片足を残しつつ他の川柳にも興味を持つようになり、現在私の手元には岩波文庫版「初代川柳選句集上・下」があります。
この本は初期の江戸川柳およそ8,000句ほどが当時の仮名遣いのまま解釈も注釈もなしに掲載されています。最初に読んだときは1割も理解できませんでしたが、現在では2割5分ほど自己流で解釈しています。
中には表面的な解釈のほかに深い意味が隠されているものがあるので厄介です。一度解釈ができたと思っていても、後日全く別の解釈があることに気づくことがあります。
1つ例を紹介します。
八九里 行てきかしやれと 渡し守
旅人が渡し舟を降りる時に目的の景勝地までの道順を船頭に尋ねたところ、あと八里か九里行ってから詳しく聞きなさいと教えられた、と解釈していました。渡し舟のあるところではどこでも見られるのどかな光景です。
数年後改めてこの句を見てみると、まったく違う光景が見えてきました。
江戸から東海道を下っていくと品川と川崎の間の多摩川を越えるための「六郷の渡し」という場所があります。品川から京急本線で川崎に向かうと近くを通ります。
ここから約30km離れたところに、縁切寺で有名な鎌倉松ヶ岡の東慶寺があります。30kmという数字は私がGoogleマップで計測した距離で約七里です。
句の中に六郷も東慶寺も出てきませんが、次の2つの理由からこの句はそこを詠んでいると解釈しました。
① 六郷の渡しは東慶寺に駆け込む時の通過点で、それを詠んだ川柳が多数存在する。
② 概ねの距離を表すなら七八里の方が八九里よりも語呂がいいし字足らずにもならないのに、あえて八九里として距離に意味があることを示唆している。
つまり、この句は六郷の渡しで、夫の暴力から逃げてきたDV被害者が夫から追われつつ縁切寺の場所を尋ねているという極めて切羽詰まった光景を詠んだもので、のどかな光景とはかけ離れたものです。
もちろんこの解釈には何の根拠もありません。作者に直接尋ねることができたなら「俺はのどかな光景を詠んだのよ。」と答えるかもしれません。
それでも、五七五の少ない文字と、そこに隠れている条件を見つけ出し川柳を解釈していく作業は謎解きのようで非常に楽しいものです。
未解釈の7割5分をすべて解釈することはできないでしょうし、2割5分の中にも新たな解釈が眠っていることでしょう。尽きることのない定年後の楽しみを得たと満足しています。



