関西支部お知らせ

「一休寺」遠足・懇親会報告

令和8年1月31日に、関西支部総会をオンラインで実施し、無事終了した。

以下は、ちょっと古い話になって恐縮ですが、昨年6月14日に実施した「関西支部の遠足」についての報告。

行先は、京田辺市の一休寺。この寺は、正式名称は酬恩庵(ほうしゅうあん)と言うらしいが、一休和尚が晩年を過ごした寺として有名なため、「一休寺」と称している。今回は、支部長の僕自らがガイドとして、この寺への旅行を企画した。この寺の庭園は、京都のどこの寺にも引けを取らない。しかも、この寺には、一休さんの本物のひげを植えたという木像や、天皇の御落胤であったという一休さんが、京都の大徳寺まで、これに乗って通ったという輿もある。ちなみに、一休さんは「とんち話」でもよく知られ、人気の高いお坊さんだ。日本だけでなく、中国でも有名らしい。以前、国際中等学校に勤務していたとき、同僚の中国語の先生も、子どもの時、アニメを見ていたとのこと。

ここの宝物館には、一休さんらしい「味のある」書や、狩野探幽のふすまもあり、見どころは多い。ちなみに、ここの「東司」(トイレ)は東福寺のものと並び、重要文化財だ。そして、何よりいいのは、いつ行っても(紅葉の季節を除き)観光客がいない点だ。

僕が、この寺に行くのは4回目。この日は、雨のせいもあっただろう。寺を訪れていたのは僕たちと、何やらコスプレをした娘さんが、撮影をしていただけだった。「檀家も少なく、観光客も秋の紅葉シーズン以外はほとんどいませんが、霊苑を持っているので、何とかやれている。」と寺の方。枯山水の砂の模様は、和尚さんが、一か月に一度くらい、『かいて』おられるのだそう。

さて、今回の参加者は、僕を含め4人。最高齢のWさんは、工学部卒の82歳。この日、結構土砂降りの雨にも見舞われたが、Wさんはものともせず、僕らの先頭を歩いておられた。一番若い同じく工学部卒のTさんが65歳。農学部卒のHさんも60代だ。ちなみに、僕は75歳。

その後の懇親会では、みんなの経歴や思い出話で大いに盛り上がった。Wさん、Tさんは工学部卒業後、ともに、M電気(Pソニック)で、設計に携わってこられたそうだ。Tさんは、卒業後、大阪で中学の理科教員になられ、校長も務められたそうだ。大阪の中学の教員時代は「荒れた時代」も経験され、毎日が「スクールウォーズ」で、「バイクで廊下は走るし、ガラスが200枚割られたこともありました。」とのこと。あまりにガラスが割れるので、先生たちが、自分たちで大きなガラスを、切っておられたそうだ。ちなみに、Tさんは大学では、重量挙げの選手だったとか。
最高齢のWさんが「最近、米沢の学生時代に付き合っていた女の人から突然手紙をもらいましてね。」とちょっと色っぽい話をされた。僕は、すかさず、「一休さんは88才でなくなるまで、盲目の女性と同棲していたそうです。」と言った。ちなみに、一休さんの『辞世の言葉』は「死にとうない。」だったそうだ。僕らも「ぜひ、あやかりたいですねえ。」と笑いあった・・・。

関西支部長 加藤学

 

R7新春放談会を開催しました

2月8日(土)2時より、zoomによる、「ふすま同窓会関西支部総会&(ちょっと遅いけど)新春放談会」が開かれた。
参加者は関西支部からは前里村会長と関西大学でドイツ語を教えている工藤さん。それに支部長の加藤。ほかに工学部卒業の「米沢工業会」から支部長の田中さんら4名。農学部の「鶴翔会」から岡さん。今回zoomを設定していただいた山大事務局の樋口さん。現役山大生のY―ai!から宮崎さん。本部からも高橋会長、阿部事務局長にもご参加いただいた。
会は、支部の会計報告、活動実績、活動計画に始まり、高橋会長から「法人化」の主旨説明を受けた。そして、「放談会」。
放談会では、宮崎さんからY―ai!の活動内容と、山大での学生生活について伺った。宮崎さんが栃木の出身と知った、工学部卒業の山崎さんからは、那須高原には、卒業生仲間で作った「山荘」があるとの「耳寄り情報」もあった。事務局の樋口さんからは、「世界一周旅行」等、ご自身の体験と「やまがた夜話」の企画など、山大をめぐるワクワクする活動。後は、山形、米沢、鶴岡の思い出話に花が咲いた。雪、酒、クラブ、スキー、60年安保から70年安保の学園紛争・・・。寮から雪の上に投げ出されたり、噴水の池に落ちたりと、今なら「不適切にほどがある」と非難されかねない話もいっぱい出た。「でも、いい学生生活だった。」とは、共通の感想だった。
山形や米沢の雪にまみれ、山形の酒に酔いつぶれ、霞城公園の桜を眺め、馬見ケ崎河原などの芋煮の鍋を囲んだ仲間たちの思い出話に、2時間のオンライン会議はあっという間に終わってしまった。今年は、山大の学生を関西に呼んで、世代を超えた「山形と夢を語る会」をやれないかなと、今、勝手に夢を見ている・・・。(文責、関西支部長 加藤学)

「平城宮跡」ハイキングと懇親会の実施について

令和6年6月2日(土)大和西大寺に当日の参加者11人が集った。参加者の内訳は、山大工学部の出身者で構成する「米沢工業会」から7人。わが「ふすま同好会・関西支部」から、海野、高橋さん。前支部長で、当日の「案内者」の里村さん、そして私、加藤の4人だった。この企画を立ち上げたとき、里村さんと心配したのは、私たち以外、参加者が全員「工業会員」で占められてしまわないかということだった。それほど、彼我の同窓会の勢いは歴然としていた。
そこで、今年から支部長になった私が考えたのは、とにかく「知り得る」支部会員全員にお知らせのはがきを出すことだった。なにしろ、手元に「名簿」もない。里村さんに、無理して名簿を探しだしていただき、慣れないエクセルに苦闘しながら、名簿を作り、約120通のはがきを出してみた。文字通り、手あたり次第だ。「宛所不明」で返ってきた葉書も数通。また、「天に召されました」という悲しいご返事もあった。でも、前記のお二方と、当日熱で急遽欠席のSさんを含む、3人の方から出席のご返事があった。私は、「ふすま同窓会関西支部」はここから始まるのだ、と思った。
さて、当日は晴れるのか雨なのかわからない複雑な天気予報。幸い、出発時は雨の心配はない空模様だった。集合場所の「大和西大寺駅」について、私は、「西大寺駅、中央改札口9時半集合」という「間違い」を犯した。ここは「大和~」であって、「西大寺駅」は岡山にあるらしい。ただし、こちらは近鉄、あちらはJRだったのは幸いだった。
その大和西大寺駅を出発し、すぐに、小川を渡る。「秋篠川」だ。早速、「ブラタモリ」並みの、里村さんの解説が始まる。この川は、かつては蛇行した川だったが、平城宮建設時に、物資を運び入れるために、まっすぐにしたのだと。
そして、平城宮跡に入る。「平城宮」は、1300年前の古代の都、平城京の「心臓部分」(今の皇居と霞が関を合わせた機能を持つ)と言える場所であった。約120ヘクタール(東京ドームの約27個分)の広さを持つ広大な国立公園であり、世界遺産だ。朱雀門、当院庭園、大極殿などが復元されており、現在は最近復元完成された「大極門」(南門)に続く「東楼」が建設中で、古代の都の姿を、我々の眼前に、リアルによみがえらせてくれている。「ここは、古代の宮殿跡であるだけでなく、実は野鳥の楽園でもあるのです。」と里村さん。渡り鳥である、ツバメの越冬地なのだそうだ。また、氏によれば、ここの地下に、木簡をはじめ、貴重な遺物が「タイムカプセル」のように眠っているのは、ここの豊富な地下水のせいなのだそうだ。熱のこもった里村さんの解説は、ここで「長年ボランティアガイドを務めてこられた方ならでは」のもので、時に英語・ロシア語の外国語ガイドも務める私には、参考になることばかりであった。
「見学会」の後は、駅近の居酒屋で懇親会。冷えたビールに、約4時間の疲れは吹っ飛んだ。ほとんどがお互い初対面の参加者同士だったが、山形や米沢での「甘酸っぱい青春の思い出」は「共通項」だった。このメンバー、次回はどうやら9月、大阪近郊の居酒屋での「芋煮会」で再会ということになりそうだ。
(文責、関西支部長 加藤学)

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